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アニメ『進撃の巨人』The Final Season 70話感想①:ガビとファルコの思想の違い ーなぜファルコはエレンとライナーの会話を理解できたのか

 

目次

 

ガビの「善良なエルディア人思想」の妄信

一見、ガビの思想は過激で偏重で彼女をなだめるファルコと比べると、さらにガビが際立って感じてしまう。ガビの思想がマーレの軍国主義教育の「賜物」で、それがマーレのエルディア人が持っていなければならない思想であることは間違いない。

戦前の日本でも、男子は立派な兵隊になって祖国のために死んで「英霊」となることこそ名誉だとか、敵国の捕虜になるくらいなら自決しろとか胸糞悪くなる思想が腐るほどある。

エルディア人は何千年も世界を蹂躙し民族浄化

同化を繰り返し数多の文化を滅ぼしてきたあげく、最後は島にずらかり地ならしの潜在的恐怖に100年間世界を陥れたのだから、その罪を大人しく認めて罰を甘んじて受け入れろ。そして自分たち大陸エルディア人が「島の悪魔」を皆殺しにして世界を救えば、自分たちは「善良なエルディア人」と認められて収容区から解放される。自分たちが収容区に押し込められ人権が剥奪されたのは、すべて「島の悪魔」のせい。

これがガビの妄信する思想の大体の要約になる。ガビの思想がマーレの教育内容と一致することを認めながらも、敢えて「妄信」と表現したのはファルコ、ウド、ゾフィアはこの思想を鵜呑みにはしていないからだ。

 

 

ファルコのガビの思想に対する態度

まず、アニメ60話の冒頭、塹壕シーンで手榴弾をまとめながらガビが「島の悪魔」を皆殺しにして収容区を解放する覚悟について嬉々として語っているが、ファルコら候補生3人は無言で目を逸らしている。島のエルディア人を殲滅したところで大陸エルディア人の待遇が改善するわけないとわかっているからだ。

しかし、そうガビに反論するのはマーレへの反逆になるため皆、口をつぐむしかない。もし彼らもガビ同様の思想の持ち主なら、無邪気に皆殺しの夢を語り合ってもいいはずなのにそれは無く、ただひたすらに気まずい沈黙だけが立ち込めている。

 

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【60話】ガビ「善良なエルディア人」演説中の他3名

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【60話】ガビ「善良なエルディア人」演説を受けて目をそらす3名

 

この一人浮いた状態はかつてのライナーもそうだった。アニメ62話、パラディ島でマルセルがライナーに懺悔し彼をかばってユミル巨人に食われたあのシーンの少し前、壁破壊実行を前日に控えて焚火を囲む戦士4人のうち、ライナー以外の3人はまさに葬式状態だ。待ちに待った「悪魔」成敗の日、という興奮は見当たらない。

 

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壁破壊前夜のベルトルト

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同シーンでのマルセル

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同じくアニ


待ちに待った「島の悪魔」成敗の日を控えてためらうかのような葬式状態の他3名に対し、ライナーは立ち上がり、ガビさながらに「まさか島の悪魔を殺すことをためらっているのか?」「ヤツらが何をやったのか忘れたのか?」「俺たちは世界を代表して悪魔を裁くべく選ばれた戦士なんだ」とまくしたてる。

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壁破壊前夜に一人意気込むライナー

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一人立ち上がりパラディ島攻撃の正当性を語るライナー

ガビのときと同じく、それを受けてのリアクションはネガティブで、とうとうマルセルが「弟を守りたかった」と告白してしまう展開になる。さらに、アニも「マーレもエルディアもみんな嘘つき」と絶叫している。マーレの思想を妄信していたら出ないはずの言葉であり、マーレの監視外で本音を漏らした瞬間だった。

 

 

ブラウン家の家庭環境

では、なぜこれほど差がついたのか。家庭環境によるものだと推測する。ライナーはマーレの「善良なエルディア人」思想をベッドタイムストリーにして育てられ、ガビは恐らくマーレの思想だけでなく「戦士になって『悪魔』を成敗しにいった英雄の従兄」の話を聞かされ、ガビも従兄の後に続けと言われて育ったに違いない。この「英才教育」と言論の自由の制限が、ツッコミどころしかない「善良なエルディア人思想」を肥え太らせていったのだろう。全体主義の機能の仕方の一端を垣間見た気がしてくる。

ライナーの親もガビの親もとんでもない毒親だ。家族であれば普通、年端も行かないうちから殺戮兵器として戦場で使い倒され13年で死ぬような人生を歩ませたいとは思わない。親が自分の恨みや復讐を果たすために子供を駆り立てるな。子供は親の所有物でも、延長でもない。ライナーとガビの戦士志願動機だけ他より異質なのは、毒親の願いを叶えるために設定されている(いた)からだ。本来は家族の身の安全を得るために戦士に志願している。

 

 

ファルコがエレンとライナーの会話を理解できた理由

パラディ島での4年前のマーレの作戦に巻き込まれた少女、カヤに助けられ匿われても頑なに「島の悪魔」と言い続けたガビと対照的に、ファルコは目の前で故郷が蹂躙された直後でもエレンとライナーの地下室での会話から、ガビに島のエルディア人もマーレの戦士に蹂躙されたから報復に来たのだと語っている。ファルコのこの理解の早さは単に彼が飛びぬけて柔軟な思考と賢い頭脳の持っているからだけだろうか。

ファルコは戦士候補生の最後の4人に残るほどに十分頭も切れることに異論はないが、ガビと同じマーレによる思想教育を受けているはずのファルコがエレンに同情でき、都合よくガビとの比較になるような異なる考え方をエレンとライナーの会話から瞬時に身に着けられたのは彼の優秀さゆえで片づけてしまうは不十分だ。

キャラクターの性格が表れた描写や伏線を全く無視してしまっている。それではあまりにもストーリー展開としてはお粗末であり、『進撃』はそんな雑で大雑把な作品ではない。

 

 

ファルコの思想とは

ファルコがエレンとライナーの会話からなぜライナーが取り乱したのかを察したのは、彼には元々、理解できるだけの下地が培われていたからだ。上記ですでに彼はガビのようにマーレの思想に取り憑かれてはいなかったことを確認しておく。

まず、アニメ61話『闇夜の列車』で、列車下車後のモノローグにおいてファルコはエルディア人を戦争から解放したいと願っていることが語られている。さらに、アニメ60話の塹壕シーンで、エルディア人部隊800人の突撃(というかもはや特攻)の代わりに顎と車力の投入を提案したコルトへのマガトの「上に立つ者として戦争勝利のためにエルディア人を突撃させ死なせる覚悟を持て」という趣旨の言葉にコルトだけでなく、ファルコも顔をしかめている。

 

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【60話】「お前も獣を受け継ぐ身ならいいかげんに上に立つ者としての覚悟を持て」と言われ顔をしかめるコルト

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【60話】「覚悟を持て」を受けて兄同様眉間にしわを寄せるファルコ

 

顔をしかめたのは上官に叱責されたからではない。コルトは榴弾が降り注ぐ前線での塹壕掘りや胴体に爆弾を括りつけての自爆突撃を回避するために進言し続けており、無謀な作戦でエルディア人が使い捨てられ傷つけられる戦争に言えないだけで良く思っていないことがわかる。

アニメ62話、列車の中での(ガビが)「同胞800人の命を『救った』」という言葉遣いにもそれが表れている。マーレの思想教育にもろに感化されていれば、「祖国の勝利に貢献したガビ」になるはずだ。実際、ガビの動機はエルディア人の救命のためではなく、自分の能力のアピールと祖国への貢献のためだ。

グライス家はエルディア復権派の逮捕者を出したとして子供たちを戦士候補に差し出すことを余儀なくされた家だが、兄弟からはその復権派の残滓とでも言うべきものを感じずにはいられない。

その他にも、ファルコはケガした敵兵を率先して手当したり(60話)、収容区で負傷兵を労わったり(61話)、クルーガー負傷兵に「あなたはもう戦わなくていいのだから」と声をかけている。彼には敵味方関係なく戦争で傷ついた人に心を砕き、寄り添う姿勢がある。戦争は味方が傷つくだけでなく同様に敵も傷ついていてそこに敵味方はないと、地下室での会話以前に少なくとも感覚的には認識していたはずだ。だからこそ、ライナーにもエレンにも理解を示すことはできたのではないだろうか。

ファルコの行動原理は一貫して戦争で傷つく人を減らしたい、にある。『凶弾』において、ファルコは飛行船でサシャが撃たれてとっさに銃を構えたジャンにではなく、次弾を装填して再度狙いを定めたガビにやめさせるために飛び掛かっている。70話でもファルコはガビが人を傷つけるのを全力で止め続けていた。彼が鎧を継承したいのもライナーを戦闘からそっとしておいたのも、戦争で傷つく人を減らしたいという動機による。

このように、ファルコがガビとは対照的にエレンの母親を殺された話にエルディア人の罪に対する罰だと激高せず、パラディ島の被害に理解が及んだのは、彼は戦争で傷ついた人に敵味方の分け隔てなく寄り添う広い心と反戦思想がある。これがファルコに「敵」の被害に心を痛め理解を示す動機となっている。

 

 

 (画像出典)

Netflix配信 アニメ『進撃の巨人』The Final Saeson より60話、62話